皆様のご支援のおかげで、8月15日~17日の3日間、「第1回しこくまワークショップ(専門家会合)」を開催することができました。四国のツキノワグマにかかわる幅広い専門家と行政関係者、約40名が集まり、充実した議論が行われました。
3日間にわたるワークショップの様子を、こちらでもご報告いたします。
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「存続可能な個体群とは?」1日目(8/15)レポート
1日目は、「100年後も存続可能な四国のツキノワグマ個体群とは何か?」をテーマに進めました。
午前中は、四国自然史科学研究センターから四国におけるツキノワグマの現状について報告がありました。続いて、IUCN(国際自然保護連合)CPSG本部のサイモン氏より、今回のワークショップの目的や、個体群存続可能性分析(PVA)が果たす役割についてご説明いただきました。
午後には、ツキノワグマの生息地を抱える徳島県那賀町の橋本浩志町長も会場を訪れ、心強いご挨拶をいただきました。
その後、参加者は3つのグループに分かれ、「存続可能性の定義とは?どんな状況であれば四国のツキノワグマが100年間存続可能になると言えるか?」をテーマにディスカッションを実施。付箋に書き出した意見を模造紙に貼りながら議論を深めました。頭数や生息環境、生息エリア、遺伝的多様性に加え、農林業被害や人との軋轢、狩猟や駆除による捕獲など、多角的な視点から活発な意見交換が行われました。

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「脅威の特定とランク付け」2日目(8/16)レポート
この日のテーマは、「四国のツキノワグマの存続を脅かす要因(=脅威)を整理し、優先順位をつける」。前日に続き、国内外の専門家、行政関係者、研究者等が一堂に会して議論を行いました。
冒頭に環境省四国事務所の大林所長からご挨拶をいただき、2日目がスタート。
前日のグループディスカッションの成果をまとめ、各グループから「存続可能な個体群とは何か」についての考えを共有しました。それぞれのグループが着目したのは、「個体数」「生息環境」「遺伝的多様性」といった根本的な要素。「人との共存をどう実現するか」「地域の理解をどう広げるか」といった視点も重視され、参加者の間で共通する課題意識が浮かび上がりました。
①「脅威リスト」の作成
CPSG本部のサイモン氏がファシリテートする形で、「ツキノワグマにとっての脅威とは何か?」という全体ディスカッションが行われました。過去・現在・将来のそれぞれの時点で考えられる脅威を洗い出しながら、自然環境の変化や人間活動との関係など、幅広い視点から意見が交わされました。
国内外の事例を参照しながら、「現在の脅威」と「将来の脅威」を整理していきました。
たとえば、開発や土地利用の変化、気候変動、野生動物同士の関係、人との軋轢など、一見別々に見える要因が、複雑に関係し合っていることが改めて確認されました。特に印象的だったのは、「過去に起こったことが、現在のクマの状況にどう影響しているか」という議論。単に“今の問題”を考えるのではなく、長い時間軸で脅威をとらえることの重要性が共有されました。
最終的に、四国のツキノワグマに関わるさまざまな「脅威リスト」が作成され、全員の投票によって各脅威の影響の大きさを評価しました。参加者それぞれの知見や経験を反映した結果は、今後の保全計画を考える上での貴重な出発点となります。
②「脅威」についてグループで議論を深める
3つのグループに分かれて、午前中に整理した脅威のひとつひとつについて詳しく検討しました。「どのような仕組みでその脅威が影響するのか」「今後どの程度のリスクがあるのか」といった視点から、専門分野を超えた活発な議論が続きました。
また、1日目に引き続いて、「存続可能な個体群とは?」の定義をまとめる作業も進行。多様な立場の専門家が意見を持ち寄りながら、一歩ずつ共通理解を積み上げていく様子が印象的でした。
議論の成果を、3日目の「PVAモデル(個体群存続解析)検討」に引き継ぎます。


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「PVA(個体群存続可能性分析)の検討」3日目(8/17)レポート
<<個体群の未来を見つめて~データと対話から描く「100年後の姿」>>
ツキノワグマの現状を改めて整理しながら、四国のツキノワグマ個体群の個体数の推移を予測する「PVA:個体群存続可能性分析」の準備を進めました。
①脅威の整理と共有
前日までのグループワークの成果発表から始めました。
林業、シカの増加、気候変動、狩猟や錯誤捕獲(他の動物を捕るための罠にクマが誤ってかかってしまうこと)など、クマの生息に影響を及ぼす要因について、多角的に整理しました。どのグループからも、「自然環境の変化」と「人との関わり」が今後の存続に深く関わるという点で、共通の認識が示されました。
一方で、シカの個体数拡大が与える影響の程度や、将来的な森林管理のあり方など、意見が分かれる部分もありました。限られたデータの中で現状を丁寧に捉え、活発に議論を交わす姿が印象的でした。
また、森林総合研究所の大西氏からは、遺伝的多様性の低下に関する最新研究に基づき、よりリスクの少ない保全策が提示されました。
②科学的分析に基づいて未来を描くための「PVA」
「100年後に四国のツキノワグマをどのような状態で残していくのか」という長期的な視点から、PVAに入力するための条件(個体数の推定、繁殖の傾向、生息環境の広さや質など)について、専門家が意見を交わしました。
数値を扱う真剣な議論の中にも、「どんな未来を望むのか」という想いがにじむ時間でした。
また、韓国国立公園公団のジョン氏による、韓国で20年続くツキノワグマ保全プロジェクトの事例と、徳島大学の鎌田教授による、四国や紀伊半島での生息環境の連結性に関する最新研究について、報告をいただきました。
③未来のシナリオを考える
最後に、再びグループに分かれ、PVAで検証してほしい「シナリオ」を検討しました。「シカの影響を減らした場合」「広葉樹林を増やした場合」「人との軋轢が増えた場合」など、前日までに整理した「脅威」を踏まえ、現実的な課題にどう向き合うか、さまざまな未来の可能性が語られました。
また、「人々のクマに対するネガティブな意識」の動向が保全において重要な鍵になる、という意見が多く聞かれ、ツキノワグマの未来を考えることが、私たち自身の社会のあり方を見つめることにつながる——そんな空気に包まれた締めくくりとなりました。
1月に開催予定の第2回「しこくまワークショップ」では、今回の議論をもとにしたPVAの結果が共有される予定です。専門家たちの知見と地域の思いが交わりながら、「科学的な知見に基づく、地域とクマの適正な関係」への道のりが、少しずつ形になってきています。

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「韓国のツキノワグマ保全に学ぶ―20年の挑戦から見えた希望と課題」
今回のワークショップでは、韓国で20年以上にわたりツキノワグマの保全活動を続けてこられた忠北大学教授のDong-Hyuk Jeong(ジョン)氏をお招きし、韓国の取り組みを紹介していただきました。韓国では、かつて絶滅寸前まで減ってしまったツキノワグマを、どのように回復させてきたのか。その道のりには、四国でクマと共に生きる未来を考える上で多くのヒントがありました。

■絶滅寸前から始まった再生プロジェクト
南韓国では、2001年の時点でツキノワグマの個体数がわずか数十頭、このうち智異山国立公園では5頭と推定され、「このままでは絶滅してしまう」という危機感のもと、政府と研究者が中心となり、2001年から智異山国立公園でツキノワグマ復元プロジェクトをスタート。
復元プロジェクトでは、子グマを山に放す「補強放獣」を実施。成獣を放すことに反対する人が多いため、子グマを放す方法が採用されました。
この取り組みを進めているのは国立公園局の絶滅危惧種回復センター。智異山国立公園では100人以上のスタッフが関わり、これまでに51頭の補強放獣、追跡調査や生息地管理、負傷した個体の救護活動、被害を防ぐための教育活動、クマ被害の防除と補償、地域との調整など、息の長い努力が続けられています。
■ 20年で見えてきた成果
復元プロジェクトの結果、野生化で繁殖して生まれた個体も含め、ツキノワグマは2023年には約85頭へと増加。クマたちはいま、智異山を中心に自然繁殖を繰り返しながら、少しずつ生息地を広げています。
■現在の課題とこれから
一方で、幾つか課題もあるようです。
1つ目は遺伝的多様性。放獣した個体から4世代目となる現在、将来に向けた遺伝的多様性の確保が課題になっています。
2つ目は人との関わり方です。クマが生息地を広げるなかで、山のふもとや人里に近づく機会も増えています。やはり、実際にクマと生活圏を共有する地域では不安も少なくないようです。そのため、韓国では「共存」をキーワードにした教育・広報活動を積極的に進めています。
講演後の質疑では、「クマの生存率」や「死亡原因」に関する質問が出されました。ジョン氏によると、主な死亡原因はくくりわなにクマがかかってしまうこと。クマの保全は、自然だけでなく人間の生活とも深く関わっていることを改めて実感させるお話でした。
■四国へのヒント
韓国の20年にわたる取り組みは、「時間をかければ個体数を回復できる可能性がある」という希望を示す一方で、「人とクマがどう関わり続けるか」という課題が長く続くことも教えてくれます。
科学的な管理と、地域との良好な関係づくりの両輪があってこそ、真の共存が成り立つ、その実例として、大きな刺激を受ける事例報告となりました。
