徳島県那賀町の山間地集落でツキノワグマ出没(情報整理)

2025.12.08

GPS首輪を装着して追跡中のメス個体が夜間に集落を出入りしていたことが分かりました。
那賀町HP:【注意!】那賀町木沢の集落にツキノワグマの出没しました

このクマは、集落の空き家の敷地で実っていた柿を食べていたことが分かっています。環境省、徳島県、那賀町による協議の結果、町内の住民への注意喚起、誘引物である柿の実の掃除、木にトタン板を巻きつけてクマが登れないようにするなどの緊急対応が行われました。この個体は、11月29日以降、集落から離れた高標高域の山林に移動したことが確認できており、現時点で再度出没する兆候はありません。

四国自然史科学研究センターは専門家としての立場から、現地調査、協議、対策実施の一連の対応に関わりました。
今回の出没に関する状況を整理して報告します。

出没環境

クマの生息地である徳島県那賀町木沢地区において、これまで生息が確認されていた地域に隣接する山間地集落で出没が確認されました。集落には、所有者不在の空き家が多数あり、今回の出没はそのような空き家の敷地内で、実が取り残されたカキノキ3本を目当てに出没したと推察されます。これらのカキノキは道路から離れており、藪や樹木に覆われた人目につきにくい環境であったことが確認されています。集落内には他にも民家や道路に面するカキノキが多数確認されましたがクマが利用した痕跡は確認されませんでした。

出没環境:空き家敷地内のカキノキと周囲の藪
出没が確認された空き家敷地内のカキノキと地面に落ちた柿

出没個体について

環境省が実施するクマの生息状況モニタリング調査において10月中旬に生態調査のために学術捕獲され、GPS首輪を装着した成獣メス(53 kg、満5歳以上)の追跡中に、集落内の利用が確認されました。GPSの位置情報から、11月22日~26日にかけて夜間に集落に現れ、夜明け前に集落を離れるという行動を繰り返していることが明らかになりました。現地調査では、カキノキを上り下りする際に幹に残された爪痕、樹上の柿の木を食べるためにおられた枝、周辺に複数の糞が確認され、クマによる柿の利用と判断されました。現在は集落を離れ、高標高域の山林にまで移動しています。

住民への注意喚起の様子
カキノキの幹に残された爪痕
柿の実の掃除とトタン板による登攀防止対策
周辺で発見された糞

対応について

徳島県では「徳島県ツキノワグマ対応指針」により、クマ出没時の対応や被害防止対策、また捕獲する場合の基準や学習放獣時の指針について定められています。この中で、今回の出没は「ツキノワグマの出没対応基準」の「第2段階」(ツキノワグマの行動に執着が見られる場合、同じ場所に何回も出没する場合)に位置づけられます。町は、ケーブルテレビを通じて町内の住民にクマとの不意の遭遇を回避するための注意喚起を行ったほか、誘引物への対応として、残された柿の実の掃除、木にトタン板を巻きつけてクマが登れないようにするなど、緊急の対策を講じました。

今後の対策については、那賀町を中心に、関係機関が連携をして、被害の未然防止に取り組むこととしています。

住民への注意喚起の様子
クマが登れないように幹にトタンを巻く
柿の実の掃除とトタン板による登攀防止対策
トタンを出没の現場に運ぶ

個体の特徴と今後必要な取組み(所感)

四国で初めてカキノキに執着する個体が確認された事例で、関係機関が迅速に連携し、県が整備した「ツキノワグマ対応指針」に沿った対応を行うことができました。

今回の出没は、クマが目撃されて発覚した出没と異なり、生態調査中に発覚した事案です。追跡情報から出没を把握し、被害の未然予防のための対策と住民への注意喚起を行うことができた事例です。

当該個体の行動の傾向としては、

  • ・夜間に限定して集落内に滞在
  • ・藪や樹木に覆われた空き家に残されたカキノキを利用
  • ・道路等の人目につく場所にあるカキノキは利用されていない

ことが観察され、人の生活圏を警戒しながらの行動と考えられます。この個体が今年初めてカキノキを知ったのか、これまでも利用があったのかは分かりません。ただし、カキノキへの執着は明らかであるため、冬眠に入るまで、さらに来年以降も、この個体の行動を注視する必要があります。再び集落侵入が観察された際には、「ツキノワグマの出没対応基準」における「第3段階(追い払い)」、「第4段階(捕獲・学習放獣)」、「第5段階(捕獲)」といった段階ごとの対応を円滑に行うための体制整備が必要となります。

兵庫県の集計では、クマの集落出没の7割以上が柿由来という結果が出されています。
徳島県でも今年は利用しきれないほど柿の実りがよく、放置されるカキノキが多数見られました。クマは広い範囲を移動する動物ですので、今回のように人の生活圏の近くまで来てしまう可能性は拭えません。そこに柿や栗などの誘引物が豊富に残っていると、クマが集落周辺に留まり続けてしまう可能性が高まります。これらが人と野生動物の距離を近づけてしまうことに繋がります。今回の件は四国で初めて確認された事例ですが、クマを集落に引き寄せないためには、利用しない果樹の管理を進めていく必要があることが改めて認識させられました。ただし、柿の木は、その土地の暮らしや思い出、景観を形づくってきた大切な存在でもあります。所有者の意向に寄り添いながら、どのような管理が可能か、一緒に考えていきたいと思います。所有者の意向に寄り添いながら、可能な管理方法を検討していけるとよいと思います。

最後に…

四国のクマは生息数が極端に少ないため、人との軋轢を軽減するための個体数管理(捕獲)を実施する段階にはありません。捕獲のオプションはあくまで最終的な選択肢にとどまります。四国でクマによる被害を起こさないために何よりも大事なことは、柿などの誘引物の管理を適切に管理し、クマが出没しにくい環境を整えることです。

出没を抑えることができれば、被害を未然に防ぐだけでなく、絶滅が危惧されるクマを捕殺せざるを得ない状況を避けることができます。

四国自然史科学研究センターでは、四国のツキノワグマの生態や獣害対策等の専門知見を持つ民間団体として協力しています。今後も、クマによる被害管理のために必要な協力は惜しみません。

関連情報

柿等の放任果樹対策の重要性については、兵庫県森林動物研究センターに詳しい説明があります。
集落の放置果樹対策

クマによる被害防止については、Save the Island Bear HPにも掲載しています。
クマとのトラブルを回避するために