クマとの共生のために

ツキノワグマは豊かな自然の象徴と言われます。この動物が四国に残っていることは、四国に豊かで広大な自然が残されていることを意味しているのではないでしょうか。 しかし、周囲を山に囲まれて暮らす地域住民にとって、農林業被害や人身被害といった一面を持つ野生動物との共生は簡単なことではありません。

ツキノワグマと森林の関わり

森林は水や食物、休息や繁殖を行う住処を提供することであらゆる生物の生息を支えています。様々な生物がこのような森林の恵みを利用する中で、生物同士は複雑に関わり合い、森林の生態系が育まれています。森林で一生を過ごすツキノワグマもまたその暮らしの中で、森林の維持や更新に寄与することが分かっています。例えば、食べた植物の種子を散布したり、他の生物の生息環境を作ること等が明らかにされています。ツキノワグマの役割の全てを解明することは困難ですが、ツキノワグマも森林もお互いに密接に結びつくことにより地域の生態系が維持されています。

種子散布

ツキノワグマの森林生態系での大きな役割の一つが、種子を散布することです。植物は種を遠くまで移動させるために動物に種を食べてもらい、その動物が移動した先で糞として出してもらいます。そういった動物を「種子散布者」といいますが、なかでもクマは多様な果実を食べ、その種を大量かつ長距離移動させることができる特別な動物です。ツキノワグマは森林の恵みに生かされながら、自らでも森林を育てているのです。

国内の分布

クマの傘が地域の自然を守る

生態系の頂点にいる動物を「アンブレラ種」として守ることで、多様性のある生態系を効率的に保護する方法があります。広い生息地のなかで様々な食物や環境を必要とするツキノワグマもアンブレラ種の動物です。アンブレラとは「傘」の意味で、アンブレラ種と同じ環境に暮らす様々な生き物が、その種の保護の傘下に含まれるようにして同時に守られることができるのです。

様々な問題を抱える現代の四国の森林で、ツキノワグマを守ることは、この地域の生物多様性を守り、豊かな森林を後世に残すことに繋がります。

地域とのつながり

 過去の四国地域では、狩猟の対象や民間薬(熊胆)として利用されていました。ツキノワグマは「畜生(動物)の王」と呼ばれていたそうで、自然に対する畏怖の象徴として考えられていたことがうかがえます。捕獲されたツキノワグマについては、その霊魂を鎮めるための儀式や作法が各地に存在していました。例えば、かつて徳島県美馬郡一宇村(現・つるぎ町一宇地区)に住んでいた西山猟師と呼ばれる狩猟集団は、クマを獲った際に、「西山猟師は何を撃つ撃たんは無いぞ、アビラウンケンソワカ」と唱えて「クマのたたり」を封じたていたようです。

 その後、明治期から昭和期に起きた大量駆除に生息頭数が激減しました。さらに狩猟による捕獲が禁止されている現代では、ツキノワグマと地域住民が出会う機会はほとんどなくなりました。良くも悪しくも、地域がツキノワグマを身近な存在そして興味関心を持つ機会は失われています。ただし、本州のツキノワグマや北海道のヒグマによる人身事故報道などを知り、四国でツキノワグマに遭遇してしまったら襲われるのではないかと心配する声も聞かれます。

東祖谷歴史民俗資料館所蔵資料